日本台湾交流協会

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日本台湾交流協会概要


日本台湾交流協会設立の経緯及び性格


(1)1972年(昭和47年)9月、我が国は中華人民共和国との間で国交正常化に関する共同声明に調印したが、その際当時の大平外相が談話を発表し、「日中関係正常化の結果として、日華平和条約は存続意義を失い、同条約は終了したと認められるというのが、日本政府の見解である。」と述べた。中華民国政府は即日外交部声明を出し、対日断交を宣言した。
 当時、台湾には在留邦人約4,000名が滞在するとともに、年間約18万人の邦人旅行者があった。また、断交前に直接台湾との間で取引関係を持つ企業は約400社あるとされており、貿易関係においても中華民国は我が国にとってそれまで長い間3位を下らない輸出仕向国であり、我が国は中華民国にとって輸入では第1位、輸出では第2位という不動の地位を維持している国であった。

(2)同年12月1日、堀越禎三氏ほか12名の発起人が、財団法人交流協会発起人総会を開催し、同月5日に外務、通産(現在の経済産業省)両大臣に対し、設立許可申請書を提出した。8日、当協会が設立された。
 12月26日、財団法人交流協会は、台湾側のカウンターパートである亜東関係協会との間に「在外事務所の相互設置に関する取決め」を調印し、我が方は、台北及び高雄に在外事務所を設置した。同取決めについて、東京では二階堂内閣官房長官(当時)が、また台北では沈外交部長が本調印を歓迎して、協会の活動に対しては国内法令の許す範囲で出来る限りの支持と協力を与える方針である旨を言明した。
 なお、当協会の設立趣旨書(72.12.1)には、協会の目的につき、次のとおり記されている。「財団法人交流協会は、台湾在留邦人旅行者の入域、滞在、子女教育等につき、各種の便宜をはかること、並びに我が国と台湾との間に民間の貿易及び経済、技術交流はじめその他の諸関係が支障なく維持、遂行されるよう必要な調査を行うとともに適切な措置を講ずることを目的として、その目的達成に必要な各種便宜を与え、かつ、所要の事業を行ない、もって民間レベルでの各分野における交流の維持、促進に資するものであります。」

(3)上述の経緯で設立をみた当協会の性格は、法人格としては財団法人ではあるが、日台間実務関係を維持するために設立された特殊な性格を有する団体である。当協会は外交関係のない日台間にあって準公的なパイプ役を果しているだけでなく、その業務には、後述するとおり政府の在外公館(大使館、総領事館等)と変らない種々の公的な事務が含まれている。

(4)2012年4月1日、公益法人関連三法の成立に伴い、総理大臣の認定を受け、公益財団法人に移行した。そして、2017年1月1日からは、公益財団法人日本台湾交流協会と名称を変更した。

(5)なお、日本台湾交流協会のカウンターパートである台湾側の亜東関係協会は、台北に本部があるほか、日本には東京、横浜、那覇、札幌、大阪及び福岡にそれぞれ駐日台北経済文化代表事務所、同横浜支所、同那覇支所、同札幌支所、台北経済文化大阪事務所、及び同福岡支所が設けられている。亜東関係協会の会長は、邱義仁氏である。駐日台北経済文化代表事務所は、謝長廷代表の下に、総務、査証、経済商務、科学技術、文化、新聞、華僑事務等の部に分かれて事務を行っている。

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