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2021年03月03日

日台友情台北

東日本大震災の日台友情エピソード(何蕙君さんからの投稿)

当協会の長期奨学生として2012年から日本へ留学された何蕙君さんからいただいたエピソードです!
何さんは今も日本で働いていらっしゃいます。
(以下、日本語の仮訳です。)
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(前書き)
私は来日一年目に人生の壁にぶつかり、茫然と未来に直面しましたが、地震で被害を受けた住民と会話をし、彼らの話の中から努力を継続する力を得ることができました。私に被災地を訪れる機会を作ってくれた日本の友人たちに感謝しています。

1.岩手訪問
 2012年、交流協会の奨学生の肩書を携えて訪れた憧れの日本では、理想の学校に合格できず落ち込んでいました。しかしこの奨学金はつい最近地震が発生した日本の政府が特別に用意してくれたものであることも知っていました。もし学術上の貢献ができないのであれば、他の有意義な方法を探す必要がありました。そんな時、日本の友人が私を岩手の被災状況の視察に招待してくれました。この視察の主旨の一つは、小規模な新聞・メディアによる地震に関する報道の歪曲について、外国の友人が自ら被災地に赴き真相を知ることでした。
 当時、日本や他国の友人たちと共に岩手を訪問しました。修復中の三陸鉄道への乗車や地震後の校舎の見学以外に、最も印象的だったのは「虎舞」でした。地震発生後、多くの人は故郷を離れ安全な地域で生活を送っており、被災地の高齢化がますます進んでいました。しかし、故郷を愛する若者たちがいました。彼らは故郷から恩を受けたと感じており、困難な時こそ自分たちの力で故郷を再建しようと取り組んでいました。彼らは練習に精を出し、どの祭りでも、幸せを願う虎舞を生き生きと演じていました。

2.福島を忘れないで
地震が私たちに与えた記憶を忘れないため、私は社会人となった後も日本の友人と他の外国の学生と共に福島を訪問し、復興状況や福島県産食品の放射性物質検査の流れを見学しました。元々私自身も福島県産食品に偏見がありましたが、福島県農業総合センターを見学し、検査時に細心の注意を図っている職員の表情を見て、福島県が自らの農産物に対し誇りをもっていることと、外からの誤解があることに対する無力感を感じました。
 沿岸の被災地では忘れられない話を聞きました。ある60代の男性は、震災当時、津波が押し寄せる中、隣に住む80代のおばあさんを背負いながら高台に向かい走っていました。しかし津波はだんだんと近づいてきました。おばあさんを背負っていたため他の人より走るのが遅かったのです。その時、おばあさんは「私を置いて、一人で逃げなさい」と言いました。この出来事は男性の心の中にずっと残り、誰にも話すことはありませんでしたが、最後に振り返った時のおばあさんの目を忘れることはできませんでした。そして男性は自らの痛みを癒すため海岸のボランティアをすることにしました。震災から5年が経ち、やっと私たち来訪者にこの出来事を話す勇気を持つことができたのです。話したことで自分自身を癒すと同時に、この警告を次の世代へと伝えてくれました。男性は最後に私たちにお辞儀をし、話を聞いてくれたことに対し感謝すると言いました。

3.新型コロナウイルスの影響下での助け合い
地震発生から9年が経ち、いまどうすることもできないウイルスの災害に直面しています。私は、新型コロナウイルスへの対応は、地震発生時の助け合いの精神を思い起こすべきだと思います。特に孤立・孤独が長期化している問題は、唯一人との交流により解消することができます。地震でもコロナウイルスであっても、台湾は日本が被害を受けていることを理解しています。この天災は世代や国境を越えた人と人との協力こそが解決の鍵なのです。
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引き続き日台友情エピソードを募集しています。ぜひ皆様のエピソードをお寄せください!
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