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第5回「日本語の標準化と簡約化」(11月3日)

更新日時

2007年 11月 13日作成

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今回は田中章夫氏(東呉大学客員教授)を講師に、「日本語の標準化と簡約化」というテーマで、研修会を行いました。


日  時:2007年11月3日(土)  14:00~17:00

参 加 者:台湾の日本語教育関係者・大学院生45名


 今回の講演では、まず、語法・表現を中心とした日本語の標準化にふれ、同様の意味表現を持ったことばである「『カラ』と『ノデ』」や「『ニ』と『へ』」などの具体例を挙げながら、より汎用性の高いものを標準的な日本語として優先的に取り上げることを主張されました。

 次に、日本国内の地域差によることばの差異について触れ、広域に無理なく通用する語法や表現形を求めるのは、日本語の国際化という観点からも必要であることを事例を挙げながら説明されました。そして、日本語の標準化を行う際には、各地の日常語との共通性が高いもの、転換しやすいもの、受け入れやすいものを優先的に採用すべきであるとの見解を述べられました。
 
 さらに、日本語の簡約化を考慮した場合、多数のバリエーションが存在する「文体」を例に取り、これを整理することで、外国人日本語学習者にとって負担の大きい「活用」の問題も軽減されると主張されました。また、日本における日本語の文体の変遷を辿り、言文一致が始まってから急速に広まった文体や、逆に現代日本社会では衰退してしまった文体などを例に挙げ、意識的に簡約化を行わなくても、時代と共に文体が淘汰されていく過程を説明されました。以上の例からさらに発展し、日本語の文体における意識的な簡約化を行う場合の例を示し、「ダ体・デス体・デアル体・デアリマス体・デゴザイマス体」など複数の文体の存在こそが「日本語の豊かさ」と捉える向きがある一方、先述の文体淘汰の流れから、現在では「~デス」が幅を利かせているということに言及されました。一例を挙げると、「行かないです(行きませんでした)」「しないといけない(しなければならない)」などは、すでに現実に耳にしている表現であり、活用に負担のないこのような形を中心にして、簡約化を推し進める提案もなさいました。

 また、国際化が難しいとされている敬語についても触れられました。中でも、これからの平明・簡素な敬語を目指した場合、「謙譲語」が取り上げられなくなるその背景について、謙譲語使用の国内地域差(馴染みのない地域の存在)や、謙譲語の「オ(ゴ)~スル」という表現に誤用が多い理由として、尊敬語の「オ(ゴ)~ニナル」という表現に触れ、これらの表現の混同が紛らわしさに拍車をかけていると指摘されました。

 以上のような具体例を挙げながらの講演内容は参加者にも好評であり、同様の内容の講演を次回も期待するなどの意見が寄せられました。


(講師の田中章夫氏)