本文へスキップします。

【全】言語リンク
【全・日】検索フォーム
検索キーワード
【全・日】ヘッダーリンク
【全】言語リンク-SP
【全・日】検索フォーム-SP
検索キーワード
よく検索される語
【全・日】ヘッダーリンク-SP
承認:エディタ
検索候補
H1

森喜朗元総理による会見(於:台北賓館)

承認:エディタ


【台湾メディア】
 李登輝元総統の最も大きな国際的貢献、影響、国際的な歴史的意義についてのお考えをお聞かせください。

【森元総理】
 私どもは日本の国会議員の中で各党を超えて李登輝元総統を大変尊敬申し上げ、ご指導をいただいた中で、代表して一日も早くどこの国より一日も早く外国の弔問客として行くべきだと考えて、計画をしていた。安倍総理とは政治的にはずっとともに行動してきたし、総理の時も官房副長官として私を手伝ってくれていた。そんなことから今回の御逝去を受け、安倍総理と相談し、友人としてぜひお参りをしたいと申し上げ、安倍総理からもそうしてくださいとのことであったので、たまたま国会議員団の皆様の計画も一緒になったので、今日こうして、どうせ伺うのなら一緒に伺おうということになった。先ほど団長との話があったが、私が編成したわけではない。私が年長者だから代表になったということ。
 先ほど議員団の代表としてご家族と話したが、日本の国会議員団は党を超えて李登輝元総統の話を聞くことに大変関心をもっている。なぜなら、李登輝元総統は日本人が知らなかったことをよく知っておられる方であったから。日本人は敗戦の中で自虐的になり、自分たちの国の責任に思いを強くしたことから、自国に自信を持っていなかった。そのような中、李登輝総統は、日本は勇気をもって誇りをもつべきと強くおっしゃっており、日本中の国内の色々なところで講演しても大変感銘深く、日本人が日本人として国際貢献ができるように努力しろという李登輝元総統の教えを受け、みなが大変喜んでいた。私自身も年齢的にも李登輝元総統と近いので、私自身も色々と知らないことを当時の終戦の日について話を聞いた。勇気をもらった一人である。その意味で、李登輝元総統にどのようなご貢献があるかと言えば、それは枚挙にいとまがないが、日本に対して「自信を持て」と言い続け、敗戦国の日本が今日まで頑張り抜いた、その基礎的な力は、李登輝元総統の教えによるものが大きかった。

【日本メディア】
 森総理と李登輝は個人的にどのようなご縁があったのか。李登輝の写真の前でどんな気持ちだったか。どんな言葉をおかけになったのか。

【森元総理】
 その話をしたら1時間くらいかかるため、台湾の記者の皆様にご迷惑だと思う。
 どういうご縁かという一番深い関係を申し上げれば、李登輝閣下が総統を終えられた後に、昔ご自分が学ばれた日本に行きたい、体の治療もある、健康のこともあるということで日本に入りたいというご希望があった。そのとき、中国・北京の方から強い働きかけもあった。台湾の政治指導者は日本に入れないのだという話があった。色々複雑なものがあった。日本政府はビザの発給について慎重であれということが懸案事項になっていた。
 結論から言えば、私の総理在任中に、日本に入られること、これは健康上の問題、人道上の問題ということで、日本に入っていただくことは正しいことだと、私はそう判断し、ビザの発給を認めた。一番の縁と言われれば、そのことかと思う。今もご遺族からそのことについて大変感謝しているとのお話をいただいた。日本国の責任者として、人道的立場から、李登輝先生に対し、若き時代に学ばれたこと、その日本に来たいというお気持ちに沿いたいと、人間的に判断した。